George CleverleyのCEO兼クリエイティブ・ディレクター、George Glasgow Jr。ロンドン・メイフェアの店舗で
三代目を率いるGeorge Glasgow Jr

George Cleverley ——手から手へ渡る、メイフェアの継承

公開日: 2026-09-04/最終更新日: 2026-09-04/著者: Masayuki Kaneko

本記事は、The Makers GuildがGeorge Glasgow Jr本人への直接インタビューで得た一次情報と、公表されている公式な情報をもとに制作しています。

ビスポークにおいて「継承」とは、屋号や店構えを残すことだけを指しません。木型の削り方、革の裁ち方、つま先の線。そうした判断そのものが、生きた手から次の手へ渡り続けている状態を指します。ロンドン・メイフェアのGeorge Cleverleyは、この意味での継承を1958年から積み重ねてきたビスポーク靴の工房です。

一足は、顧客ごとに削り出される木型から始まります。そこから5人の職人の手を順に渡り、100時間を超える手仕事を経て仕上がります。その工程と、価格・納期・注文の実際までを、CEOのGeorge Glasgow Jrの言葉とともにたどります。

工場に渡さなかった継承——1958年から続く一本の糸

George Cleverleyの靴づくりは、1958年の創業から2026年に至るまで、外部の工場に移されたことがありません。「工場に渡したものは何ひとつありません」とGeorge Glasgow Jrは語ります。ここで言う「渡さない」は、生産拠点の話にとどまりません。技術の教わり方そのものを指しています。

掲げるタグラインは「BESPOKE SHOEMAKERS OF MAYFAIR, SINCE 1958」。メイフェアの靴職人であること、1958年から続いていること。名乗りに入れているのは、この二つだけです。何を作るかではなく、どこで誰の手が作るかを先に言う工房です。

シューツリーを収めたGeorge Cleverleyの黒のブローグ・オックスフォード
シューツリーを収めた黒のブローグ・オックスフォード

創業者George Cleverley——15歳の徒弟から1958年の独立まで

創業者のGeorge Cleverleyは1898年、ロンドンの靴職人の一家に生まれ、15歳で徒弟修業に入りました。独立までに費やした年月は、メイフェアの工房Nikolaus Tuczekでの38年に及びます。

1958年、Tuczekを離れてCork Streetに自身の店を開きます。1978年には、長年の弟子であるJohn CarneraとGeorge Glasgow Srの二人を後継者に指名しました。創業者は1991年、93歳を目前に没するまで仕事を続け、店は師弟の線の上でそのまま続いていきます。

ロンドン・メイフェアのロイヤル・アーケードにあるGeorge Cleverleyの店舗外観
ロイヤル・アーケードに構える店舗

沈没船の革と銀幕の靴——名門に届く特別な注文

この工房には、革の歴史そのものを履くような注文が届きます。1786年に沈没した船から後年引き揚げられたロシアン・レインディアの革——海底で二百年近く眠っていた素材を、靴に仕立てたこともその一つです。

映画の靴も手がけています。『The Batman』では、Robert PattinsonがBruce Wayne役で履いた靴を製作しました。スクリーンで観客が目にする靴も、顧客の一足と同じ工房の手から生まれています。特別な注文の相手が沈没船の革であれ映画スタジオであれ、作り方は変わりません。

作業台に置かれたGeorge Cleverleyのパープルのエキゾチックレザーのオックスフォード
作業台の上、パープルのエキゾチックレザーの一足

チゼルトゥ——創業者が1950年代に生み出した家の署名

この工房の靴を見分ける目印は、つま先にあります。鑿(チゼル)で削ぎ落としたような角のある造形——チゼルトゥは、創業者が1950年代に生み出し、2026年時点でも家の署名であり続けている形です。

代表的なモデルには「Churchill」があります。第二次大戦下の空襲期に、Winston Churchillの要望から生まれた一足を原型とするデザインで、飾り紐と側面のゴム布という原型の特徴は、2018年に加わった「Churchill II」にも引き継がれています。型の名前が歴史の索引になっている工房です。

エキゾチックレザーの原皮の上に置かれたGeorge Cleverleyのオックスフォード
原皮の上に置かれたエキゾチックレザーの一足

カーフからスティングレイまで——素材の幅

扱う革は、カーフとコードバンを軸に、アリゲーター、オーストリッチ、カンガルー、スティングレイといった希少皮革にまで広がります。コードバンには、米国HorweenのShell Cordovanを使う型もあります。同じ革は靴だけでなく、ビスポークの革小物やスポーティング・アクセサリーにも使われます。

希少皮革は個体ごとの差が大きい素材です。革小物とアクセサリーの価格が一律の定価ではなく都度の見積もりになっているのは、選ぶ革によって原価が大きく動くためです。

George Cleverleyのグリーンのエキゾチックレザーのチェルシーブーツ
グリーンのエキゾチックレザーのチェルシーブーツ

専用木型と5人の職人——100時間の一足

ビスポークの一足がどう仕上がるかは、最初の工程でほとんど決まります。George Cleverleyでは、その最初の工程が、一足ごとの木型の削り出しです。

「ビスポークの注文はすべて、お客様の採寸と、仮合わせで確認した足の個性に合わせて削り出す、専用の木型から始まります」

とGeorge Glasgow Jrは語ります。木型に写し取られるのは採寸の数値にとどまらず、仮合わせで確かめた足の癖まで含まれます。そこから一足は5人の職人の手を順に渡り、完成までに100時間を超える手仕事が費やされます。靴はすべてメイフェアの工房で裁断され、ロンドンで仕上げられます。

George Cleverleyの工房で行われる手縫いの底付け作業の手元
手縫いで少しずつ進む底付けの工程

ブナ材の木型——左右別に削り出され、名前とともに残る

木型はキルン乾燥させたブナ材またはシデ材から、左足と右足で別々に削り出されます。左右を同じ形にしないのは、人の足が左右で同じではないからです。

役目を終えた木型は捨てられず、索引を付けて保管されます。2足目以降の注文はこの木型から始まるため、初回より短い時間で仕上がります。工房の棚に顧客の名前が書かれた木型が並んでいるのは、装飾ではなく、次の注文のための実務です。

George Cleverleyの工房に保管される、顧客ごとに削り出された木製ラストの棚
顧客の名前が書き込まれた木型の保管棚

1920年代の機械——自動化を退けた判断

工房では、現代の自動化ではなく、1920年代から使われてきたヴィンテージの機械が使われ続けています。その理由は、本人の言葉にはっきり表れています。

「現代の自動化ではなく、1920年代の機械を使い続けています。仕事を作り手の手の中に残すためです」

とGeorge Glasgow Jrは語ります。設備を選ぶ基準が「仕事がどちらの手にあるか」に置かれています。この選択は速度を犠牲にします。後述する約6か月という納期は、その代価でもあります。

George Cleverleyの工房で使われる型紙帳と手道具が置かれた作業台
工房で使われ続ける型紙帳と手道具

約6か月という納期——短縮しない工程

初回の採寸から納品まで、目安はおよそ6か月です。意匠が複雑な場合や希少皮革を使う場合は、さらに長くなります。

「すべての工程が手で行われますし、靴が仕上がる前には専用の木型を削り出して、仮合わせをしなければなりません。この工程を短くすることはしません」

とGeorge Glasgow Jrは語ります。工程の説明であると同時に、納期の定義にもなっています。省ける段が無いのです。6か月は待たされる時間ではなく、木型と仮合わせと100時間の手仕事が順に積み上がっていく時間です。

George Cleverleyの職人が靴底を整える仕上げの工程の手元
道具を当てながら整える底の仕上げ

£5,000からのビスポーク——価格と修理の窓口

価格は、ビスポークが£5,000からです。専用木型の製作と仮合わせを経て仕上がります。革小物とスポーティング・アクセサリーは、選ぶ革により都度の見積もりになります。

買ったあとの窓口も本体が持っています。修理はロンドンの店舗、または各地のトランクショーへの持ち込みで受け付けられ、フルメンテナンスには標準で3〜4か月がかけられます。長く履く前提の靴では、作った場所がそのまま直す場所であることが、価格と並ぶ判断材料になります。

George Cleverleyのロンドン店内。木製の棚に靴の見本が並ぶ
ロンドンの店内に並ぶ靴の見本

£500からの既成コレクション——1960年代の型の再導入

既成のコレクションは£500からで、在庫があれば待ちません。2024年秋には「Anthony Cleverley」コレクションが加わりました。

Anthony Cleverleyは1960年代の型を基にしたセミ・ビスポークの位置づけで、裁断から底付け、仕上げまでが手作業です。既成の幅は広く、ドレスシューズのほかにスニーカーもあり、希少皮革は既成のラインにも使われています。

George Cleverleyの多彩な色の革のスニーカーが並んだ一覧
色数豊かに並ぶレザースニーカー

海外からの注文——工房のほうから出向くトランクショー

ビスポークを頼むために、ロンドンまで行く必要はありません。

「ビスポークでは、私たちのほうからお客様のところへ出向きます」

とGeorge Glasgow Jrは語ります。トランクショーには型と素材の見本が持ち込まれ、マスター・シューメーカーが現地で採寸し、ロンドンに戻ってから専用の木型に起こします。米国へは毎シーズン、アジアへも頻繁に巡回しています。

既成のコレクションと革小物は、公式サイトから世界発送で購入できます。MR PORTERとMytheresaも一部の型を扱い、日本ではUnited ArrowsやBEAMS、伊勢丹などに取り扱いがあります。ロイヤル・アーケードの店舗は、アポイントメントでの来店も受け付けています。

George Cleverleyの店内で、壁一面に並んだ靴の見本を確かめる様子
壁一面の見本から型と革を選ぶ時間

三代目の体制——George Glasgow JrとGeorge Glasgow Sr

2026年時点の体制は、George Glasgow JrがCEO兼クリエイティブ・ディレクター、父のGeorge Glasgow Srがメイフェアのビスポーク製造の統括です。1978年に創業者から後継指名を受けた世代と、その次の世代が、同じ屋根の下で働いています。

「師から弟子へというこの継承の線が、いまの水準を保てている理由です」

とGeorge Glasgow Jrは語ります。水準の根拠として挙げられているのが、師弟の線そのものです。その線は言葉の上だけのものではありません。1978年に後継指名を受けたJohn Carneraは、2026年時点でもマスター・ラストメイカーとして木型を担い続けています。キャリアは60年を超えます。創業から三代。店の名は、最初の職人の名前のまま変わっていません。

「知識はひとつの手から次の手へ、直接手渡されてきました。その連続こそが、私たちの本当の遺産です」——George Glasgow Jrはそう語ります。

George Cleverleyの靴の底を道具で仕上げる職人の手元
職人の手の中で進む最終段階の仕上げ

工房情報

George Cleverley

所在地:ロンドン, イギリス

受注:ビスポーク(ロンドン店舗・米国/アジアのトランクショー)/既成コレクション(公式オンライン・世界発送)

価格帯:ビスポーク £5,000〜/既成 £500〜

製作期間:ビスポーク 約6か月

ウェブサイト:georgecleverley.com

Instagram:@georgecleverley

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